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ソロヴィア成長物語

マクロ経済学の教科書では、初めの辺りでソロー成長モデルを説明するのが定番になっている。マクロ経済を記述する一番シンプルなモデルであり、マクロ経済学のエッセンスがここにあるということらしい。

ソロー成長モデルは、もともとソローという偉い経済学者が発案したモデルなのだが(Solow 1956)、学者仲間のフェルプスはソローの名ををモジったソロヴィアという名の王国のお話にしている(Phelps 1961)。ソロヴィアは、成長主義をモットーとする、古代ギリシア風の架空の王国である。王様が経済成長のあり方について懸賞をかけて諮問したのに対して、百姓のオイコ・ノモスが黄金律を提案する、というが論文の筋書きである。ソロー成長モデルと呼ぶのでは味気ないので、以下ではソロヴィア王国ということで話を進めよう。

ソロヴィア経済の仕組み

ソロヴィアの経済を概観すると、次のような単純な仕組みである。

  • 労働がGDPをつくる。
  • つくられたGDPは消費されるか投資される。
  • 投資は労働の生産性を高める。

ソロヴィアの労働やGDPのデータを眺めると、ほぼ定常状態というものの近くで動いているようだ。ここで定常状態というのは、

  • 労働の成長率は一定である。
  • GDPの成長率は一定であり、労働の成長率より高い。
  • GDPに占める投資の割合は一定である。

ということであり、言い換えれば持続的な経済成長のことである。ソロヴィアの経済活動は定常状態そのものではないが、定常状態の近くにある。これがソロヴィアの定型化された事実である。

なお、このように成長理論で定常状態というのは持続的な経済成長を意味しているのだから、一部の社会学者風の人がゼロ成長を指して定常型ナントカと呼んでいるのとは全然関係ないことに注意しよう。

定型化された事実をうまく説明するには、ソロヴィアの経済構造はおよそ次のようになっていると想定される。

  • 有効労働は一定の成長率で自然に増える。
  • 有効労働と資本をともに投入してGDPを産出する。
  • 生産技術は規模に関して収穫一定である。
  • 資本は自然に減耗するが、投資すれば増える。
  • GDPは常に一定割合が投資され残りが消費される。

これだけでは説き尽くされないので、数式を交えてもう少し詳しく説明しよう。

有効労働

有効労働とは労働に労働効率を加味したもので、労働を L 、労働効率を A とすると、有効労働は掛け算 AL で定義される。

ソロヴィアの有効労働は初期値が定まっていて、その後は時間当たり \bar{n} の割合で自然に増加する。 \bar{n} は与えられた定数であるから、効率労働の成長経路は自然に定まっていて人為的に変えられない。

結論を先取りすると、定常状態ではGDPも資本も成長率は \bar{n} に落ち着く。\bar{n} は自然に決まる成長率なので自然成長率と呼ばれたりする。

生産関数

ソロヴィアでは、有効労働と資本を投入してGDPを産出する。有効労働は前述の通り AL であり、さらに資本を K 、GDPを Y と表すと、この生産構造は関数 F を用いて

Y=F(K,AL)

と表される。

この生産関数は、労働効率 A と労働 L がまとまって有効労働 AL の形で入っている点が特徴である。このような生産関数を労働拡張型とか、発案者の名にちなんでハロッド中立型と呼ぶ。生産関数を労働拡張型に限定するわけは、そうでないと経済が定常状態に行き着かないからだ。定常状態を気にしなければ労働節約型でなくても構わないのだが、ソロヴィアは定常状態近傍なので、労働節約型で考えるのが妥当だろう。この点、ソローは当初気付いていなかったのだが、後になって認めている(Solow 2000)。

また、ソロヴィアは規模に関して収穫一定である。これは、資本と有効労働を同じ倍率で増やせば、それと同じ倍率でGDPも増えるいう意味である。もうすこし一般的に言うと、任意の正の定数 \lambda について、資本も有効労働も \lambda 倍になると、GDPも \lambda 倍になるということである。

\forall \lambda\geq 0,F(\lambda K,\lambda AL)=\lambda F(K,AL)

規模に関する収穫一定の意味するところは、労働や資本以外の希少な投入要素が存在しないか無視できるということだ。希少な投入要素とは例えば土地とか天然資源とかである。ソロヴィアでは土地や天然資源は余っていて希少とはみなされない。

規模に関して収穫一定のもとでは、GDPや資本を有効労働に対する比率で表示すると何かと便利である。すなわち、

k \equiv \frac{K}{AL}

y \equiv \frac{Y}{AL}

f(k) \equiv F(k,1)

と定義すれば、生産関数を次の形に集約して表すことができる。

y=f(k)

これは、GDP有効労働比率が、資本有効労働比率によって決まることを表している。

集約された生産関数 f は滑らかな増加関数で、その傾き f' は、 f(0)=0 に近いとき無限大で、 f(0)=0 からプラスに向かうにしたがって小さくなり徐々にゼロに近づいていく。これを発案者にちなんで稲田条件という。稲田条件を満たせば経済が定常状態に向かうことが知られている。

投資と資本

生産物は消費されるか投資される。消費を C 、投資を I として、

Y=C+I

である。ソロヴィア王国は鎖国中で輸出や輸入が無いか、外国と貿易しているとすればバーター貿易であり、輸出と輸入が常に一致しているということだ。

そして投資は資本を増やす。

\dot{K} = I-\delta K

変数の上のドットは単位時間あたりの増分である。つまり \dot{K} \equiv \frac{dK}{dt} である。 \delta は資本が自然に減る減耗率を表す。資本は減耗の分だけ減るが、投資の分だけ増えることを上記の式は示している。資本の初期値は決まっていて、後は上記の式に従って資本が蓄積されていくと考える。

この式の意味は、投資に調整コストの類はかからない、ということだ。すると、生産物の価格と資本の価格は常に一致し、両価格の比率であるトービンのqは常に1になる。とはいえ、定常状態に関していえば、投資に調整コストがかかってもかからなくても違いはないので、この点はあまり気にしなくていい。

貯蓄率

資本を蓄積する投資はどうやって決まるのか? ソロヴィア人は素朴なのでGDPの一定割合を貯蓄にして残りを消費する。貯蓄分がそのまま投資になる。つまり、生産のうち貯蓄に回す割合を \bar{s} と表して、

I=\bar{s}Y

である。貯蓄率 \bar{s} が一定で自然に決まっているというのが、ソロヴィアの特徴だ。

このように貯蓄率が一定で自然に決まるとするのは少々安直すぎると考える人が少なくない。この点を、もっとそれらしくしようとして、「永久に生きる代表的家計の最適化行動」とか、「世代重複のもとでの個人の最適化行動」といったようなモデルが考案されている。私も最近までこの手のモデルが格好良いと思っていたが、今は貯蓄率が自然に決まると仮定してもて十分もっともらしいと思うようになった。その理由はかなりややこしいので、また別の機会で述べたい。

定常状態

以上の仕組みのもとで、ソロヴィア経済はどう動くか? 経済の動きは、資本有効労働比率 k の動きに集約される。そのわけは二つある。第一の理由は、ここまで変数が変化の形で現れたのは \dot{k} だけであって、変数の動きを直に追えるのは k しかないことだ。第二の理由は、各時点の k が決まれば、同じ時点の残りの変数は簡単に計算できることだ。

というわけで、 k の変化について、今まで登場してきた式を適宜組み合わせて整理すると次の微分方程式が導かれる。

\dot{k} = \bar{s}f(k) - (\bar{n}+\delta)k

この微分方程式が肝である。 k の行き着く先では \dot{k}=0 なので、

\bar{s}f(k) - (\bar{n}+\delta)k=0

である。これを満たす k は二つある。一つはk=0 であるが、これは無視して、もう一つを \bar{k} と表そう。これが k の行き着く先、定常値である。すると、GDP有効労働比率も \bar{y} \equiv f(\bar{k}) に行き着くことになる。定常状態では、 \bar{y} の分母の有効労働と分子のGDPは、成長率が同じだということだ。有効労働の成長率は自然成長率だから、定常状態ではGDP成長率は自然成長率に等しくなる。貯蓄率のような他の要因はGDPの定常成長率に全然関係ない。定常成長率は自然に決まっており人為では何とも動かしようがない。これがソロヴィアの結論の一つだ。

経済学者の中には、こんな結論じゃツマらないのだっ、定常成長率をいじくり回したいのだっ、と思う輩もいる。そういう経済学者たちは、ソロヴィアから旅立って内生成長理論という別の国に移っている。私は、定常成長率をいじくり回したいと思わないし、定常成長率は自然に決まるのが当然だと思うので、ソロヴィアで満足している。ソロー様も、内生成長理論をつぶさに検討したうえで、内生成長理論なんぞくだらない、俺様の建国したソロヴィアで十分である、という意味のことを仰せになっておる(Solow 2000)。

ソロヴィアの定常状態において人為で変わり得るのは、成長率ではなくて水準である。貯蓄率が高まると定常状態におけるGDPや資本の水準が高まる。こういう効果を水準効果という。これに対して定常成長率への効果を成長効果という。貯蓄率の変化は成長効果を持たないが水準効果を持つ。これがソロヴィアの特徴だ。ソロー様が俺様のソロヴィアで満足せよと仰せになったのは、水準効果だけでも十分インパクトあるから、無理してまで成長効果を考えんでもいいだろ、ということらしい。

黄金律

貯蓄率を高めればGDPの水準が増大するということであれば、どうにかして貯蓄率をどんどん高めてGDPをどんどん増やせば皆ハッピーになると思うかもしれない。だが、しかし。GDPが増えればハッピーになるという発想は経済学にない。経済活動の目的は消費なのだから、消費を増やすのが正解である。貯蓄率を高めすぎると、かえって消費が減る。極端な話、貯蓄率が100%になれば、GDPは最大になるが、消費はゼロに落ちる。消費ゼロでは死んでしまう。

それでは定常状態において消費水準を最大化してみてはどうか。フェルプスは、定常状態を黄金時代と呼び、消費水準を最大化する定常状態を黄金律と呼んだ(Phelps 1961)。黄金時代におけるルールだから黄金律というわけだ。なお、マクロや成長理論の教科書の中には、黄金律という言葉は聖書マタイ伝の「自分がしてもらいたいことを他人にしてあげなさい」という教えに由来するのであるぞっ、と書いているものもある。まったくデタラメである。聖書の黄金律は成長論の黄金律に全然関係ない。そうでなくて、フェルプスは、ギリシア神話に出てくる黄金時代をイメージして、黄金時代におけるルールだから黄金律と呼んでいるのである。

黄金時代、すなわち定常状態では、

\bar{c} = f(\bar{k}) - (\bar{n}+\delta) \bar{k}

だから、消費最大化を求めるには、この式を \bar{k} について微分してゼロと置けばいい。すると、次式が求まる。

f'(\bar{k}) -\delta = \bar{n}

左辺は資本の純収益率だから、これが右辺の自然成長率と等しくなるところで消費が最大化される。資本収益率イコール自然成長率。これが黄金律である。 \bar{k} の黄金律水準を \bar{k}^{G} と書こう。

では黄金律を実現するのが望ましいかというと、話はそう簡単でない。フェルプス自身、初めに黄金律を提案したときは、速やかに黄金律を実現するのが望ましいと主張していた(Phelps 1961)。ところが、この主張は最適成長理論の観点から批判されため、フェルプスは考えを改め、黄金律が望ましいとは限らないと表明した(Phelps 1965)。

なぜ黄金律が望ましいとは限らないのか? 人は先のことより今を大事だと感じる。つまり将来を割り引いて考える。経済学では、そのように仮定するのが普通だ。そうなると、先行き定常状態の消費を多少犠牲にしても今のうちに消費してしまったほうが人は喜ぶだろう。黄金律 \bar{k}^{G} より少し低い水準 \bar{k}^{*} を狙うのが最適である。

\bar{k}^{*}<\bar{k}^{G}

将来を割り引く人たちにとって、黄金律は最適ではないのだ。最適な \bar{k}^{*} のほうは修正黄金律とも呼ばれる。最適の観点から黄金律を少し修正したよ、という意味だ。

では、黄金律は意味がないのかというと、そうでもない。 \bar{k} の最適水準は黄金律を下回る、つまり \bar{k}^{*}<\bar{k}^{G} だから、 \bar{k} が黄金律 \bar{k}^{G} を超えるのは最適ではない。それどころか、効率的ですらない。というのも、黄金律 \bar{k}^{G} を上回るということは、無駄に高水準の資本を維持していることになるので、資本を取り崩して現在の消費に充てても将来の消費を犠牲にすることはない。資本を取り崩せば丸々得する。というわけで、黄金律 \bar{k}^{G} を上回る状態は動学的非効率性とか過剰蓄積と呼ばれ、避けるべき状態だと考えられている。黄金律は、それ自体が望ましいとは言えないが、動学的非効率性のボーダーラインとして役に立つのである。

財政政策と金融政策

ここまでの話、ソロヴィアには財政政策が存在しないことになっていた。ソロヴィア政府が財政収支を恒久的に赤字にすると定常状態に影響するに違いない。財政赤字の影響のメカニズムをしっかり説明すると非常にとややこしいので、ここでは結論だけお伝えしよう。

財政赤字を恒久的に拡大すると定常状態の \bar{k} は低下し、逆に赤字を縮小すると \bar{k} は上昇する。財政赤字を調整して \bar{k}^{*} を目指すのが最適である。最適な定常消費 \bar{c} は黄金律より低くなってしまうが、これは人々が将来より現在を大事に思う結果だから仕方がない。将来をもっと大事に思う人は高い定常消費を望んで財政赤字の削減を要求するだろう。逆に現在をもっと大事に思う人は定常消費を低下させてでも今の消費を増やすことを望んで更なる財政赤字の拡大を要求するだろう。両者の綱引きの結果、財政赤字が決まる。

さらに金融政策を考えるとどうなるか。金融政策を定式化する方法は様々だか、ここでは、金融政策は目標インフレ率を目指して金融調節を行うものとしよう。そしてゼロ金利制約に陥らず、ハイパーインフレにもならず、うまい具合に目標インフレ率を達成して、それが定常インフレ率になったとしよう。定常インフレ率の上げ下げは定常状態にどのような影響を与えるか?

インフレというものは、インフレ課税という言葉があるように、現金保有に対する課税のようなものだ。したがって、定常インフレ率の引き上げは増税のようなもので、財政赤字縮小と同じ効果を持ち、 \bar{k} を上昇させる。逆に定常インフレ率のを引き下げると \bar{k} は下落する。こうした効果を発案者たちの名にちなんでマンデル・トービン効果という。

現在を大事に思う人はデフレを求め、将来を大事に思う人はインフレを求めるのが正解である。もっとも、あまりインフレになりすぎると、 \bar{k} が黄金律を超えて過剰蓄積になってしまい、かえって定常消費が落ち込む動学的非効率性に陥る。どんなに将来を大事に思っても、ほどほどのインフレを求めるのが最適である。もっとも、このような長期の財政・金融政策に関しては、定常インフレ率を動かさず、財政赤字のほうで調整するのが普通である。

参考文献

  • Phelps, E.S., (1961) “The Golden Rule of Accumulation: A Fable for Growthmen,” AER.
  • Phelps, E.S., (1965) “Second Essay on the Golden Rule of Accumulation,” AER.
  • Solow, R.M., (1956) “A Contribution to the Theory of Economic Growth,” QJE.
  • Solow, R.M., (2000) Growth Theory: An Exposition, 2nd edtion. 福岡正夫訳(2000)『成長理論 第2版』。
  • 岩井克人「経済成長論」、岩井克人・伊藤元重編『現代の経済理論』1994年、所収。
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